八ケ岳Esperanto館

随分久し振りにエスペラント館に宿泊しました。皐と八重桜が緑に映えていました。

20年以上も経ったとは思えない位、綺麗に使われています。役員の方々のご苦労の賜物です。

 

今回はHamarondoのメンバーでした。

 

お世話役の方のお陰で夕食には新鮮なお野菜がたっぷり用意されました。

 

懐かしい釜飯も皆の心をほんわかと温めてくれます。とても美味しかったのですが食べきれなかったのでおにぎりにして持ち帰りました。

さゆり(Sayuri) / Esperanto / CM(0) / TB(0)
エロシェンコ生誕125周年記念事業のご報告
ご報告が大変遅れてしまいましたが、昨年じゅうに成し遂げたプロジェクト”エロシェンコ125”の成果を簡単にご報告します。

大勢の方々のご協力で100ページの立派な記念誌が発行されました。中身はEsperantoと日本語が半々です。
650部のうち450部は国内外の盲人組織や、図書館などに贈呈し、外国のエスペラント組織にも送付しました。
大変好評で200部が売り切れてしまったため更に200部増刷しました。


上の写真は11月3日に開催されたサイトワールドでのエロシェンコの日の様子です。
中村つねのエロシェンコ像の写真を国立近代美術館から頒布を受けて飾りました。中央の金髪像は盲学校の先生が制作して下さったルパシカを着たエロシェンコのフィギュアです。エロシェンコが愛したバラライカの演奏もあり、大変好評でした。180人以上の方が来場されました。12月23日の偲ぶ会の報告は前のページをご覧ください。










 
さゆり(Sayuri) / Esperanto / CM(0) / TB(0)
エロシェンコを偲ぶ会

12月23日はエロシェンコの命日です。73年前に故郷のウクライナ・オブホフカ村で寂しく亡くなったそうです。
ゆかりの中村屋れすとらんを1部お借りして第3回目の偲ぶ会に36名が集まりました。第一回目は高杉一郎さんが主催されたそうです。第2回目は井崎倫子さんの呼びかけで開かれ、ここに参加したことがきっかけでエスペランティストになられたという、引田秋生さんが今回の立役者でした!
エスペランティストが22名、盲人教育関係の方が10人、その他の方が8人(高杉一郎さんの長女の田中泰子さん、彼女が声をかけて下さった方が4人、バラライカ演奏者が2人)という多彩な顔ぶれでした。

エロシェンコが愛したバラライカの演奏もして頂きました。


田中泰子さんは父親の高杉一郎さんの思い出を興味深くお話しくださいました。


田中克彦さんは一橋大学名誉教授でモンゴル語がご専門ですが
エスペラントにも造詣が深くいつも応援して下さる方です。
エロシェンコのように魅力ある人たちが増えなければ、エスペラントをやろうという人は出てこないでしょうと話されました。




澤地久枝さんはヴェルダ・マーヨ(長谷川テル)を高く評価しておられます。
彼女の遺児が中国で生きていることを知り長谷川テルの姉と共に会うための中国への旅をしたそうです。
エスペランティストの中にも尊敬できる人と、ひどい人が居ると。でもエロシェンコの平和を願う心は今こそ貴重なものと話して下さいました。ハンドバックには「今年の言葉大賞」に選ばれた「安倍政治を許さない」という言葉を金子兜太さんに書いてもらった
カードをしっかり付けて来られました。毎月3日に国会前などで集会を持つとおっしゃられたので、私も見習いました(1月3日、近所で九条の会メンバーと一緒にスタンディングをしました)



偲ぶ会の詳細まで心を配って下さった谷川弘さんと引田さんです。





 
さゆり(Sayuri) / Esperanto / CM(0) / TB(0)
日本大会後の遠足

大会後の遠足は津波の被害のあった釜石市訪問でした。初日は慶長使節船
サンファン館というミュージアムを訪問。400年前に伊達政宗がローマ教皇
のもとに派遣した支倉常長の乗った船を再現しています。
よくもこのような小さい船で大航海をしたものと驚きました。ここも津波に
遭って2年8か月休館していたそうです。
希望の祈りの鐘で、お友達と写真を撮って頂きました。
翌日石巻駅周辺の見学。石ノ森章太郎さんの可愛いフィギュアが街のあちこちに飾られています。
時計台にも可愛いキャラクターが付いていました。
津波でさらわれて、何も残っていない空き地にお地蔵さまが立てられていました。
石巻港がすっかり建て替えられて設備も近代化されていたのが、嬉しいニュウスでした。









 
さゆり(Sayuri) / Esperanto / CM(0) / TB(0)
エスペラント大会ー仙台

10月10〜12日に仙台で日本大会が開かれました。私の役割は
牧野先生の指導なさる歌の分科会を成功させることと、
エロシェンコ生誕125周年記念誌を多くの方に宣伝することでした。
それで大変忙しかったために他の番組を楽しむ余裕がありませんでした。
写真も撮って居なくて頂いたものをアップしました。上が歌の分科会に
参加して下さった方々。下の舞台写真はAmikaVesperoでの発表です。
下の写真はお弁当が大変おいしかったので撮っておきました。
さゆり(Sayuri) / Esperanto / CM(0) / TB(0)
EPA東京本部での合宿

大好きなEsperanto講師のAtilioさんが東京へ出張して講習して下さるというので
大喜びで参加しました。何しろ21年前に初めて受けた講習が忘れられない
ものでしたから。


改築された東京本部にもずっと行きたいと思っていましたらやっとチャンス到来。
林立するビルの谷間になって気の毒ですが、周りを気にしなければ素晴らしく近代的な建物の中に
能の舞台まで備えた立派な拝殿がありました。


生徒は13人でKomencantoからVeteranoまで混合でしたが、グループに分かれて
作文する作業など、とても愉しかったです。


Atilio講師のアップ写真が無くて残念ですが。。。



講習終了後のParadizo(自由なおしゃべりの時間)ではEsperantoを忘れて日本語のみ!
Atilioさんが日本語を学習中というので、お役に立ったかも?(Atilioさんの撮影)
 
さゆり(Sayuri) / Esperanto / CM(2) / TB(0)
エスペラント関西大会

6月20,21日に京都国際交流会館(岡崎)で開かれました

実参加184人、不在参加80人だったそうです。半分位の方とは顔見知りなので
同窓会の様に愉しいのです。

プロジェクト「エロシェンコ125」に関西連盟から奨学金を戴けることになり、
出席できなかった会長、事務局長の替わりに私が受け取る事に。

晴れ舞台?でお礼の原稿を読みました。

和室で「分科会」健康体操「カキラ」の講習がありました。身体に良さそうですが
毎日続けなくてはね。

「エスペランティスト九条の会」も分科会を持ちましたが、フランスの
世界大会に行く人たちがどのようにアピールできるかという
お話合いでした。記念大会なので参加者が多く、
アピールすることは、なかなか困難なようです。
(自分で写した写真でないので、サイズが色々なのです。。。)




 
さゆり(Sayuri) / Esperanto / CM(2) / TB(0)
Esperanta Seminario
恒例のゴールデンウィーク合宿が今年は初めて東北の山形県天童市で行われました。何と20回目の参加になりました。快く送り出してくれる夫に感謝しつつ3泊4日を愉しんできました。
33名の参加者でしたが集合写真はPDFで送ってくれたためここには載せられず残念です。快晴に恵まれ後ろには月山の雪山が写っています。
私が参加したクラスはポーランド人の講師でEsperantoを沢山聞く事が出来ました。本当は沢山話すのが狙いだったのですが、同じクラスの方たちは皆おとなしくて、私一人喋るのは迷惑かなと遠慮してしまいました。。。
のっぽのK君が高い場所に立っていて変ですよね。
2日目の散歩の時間です。初めての天童の街は明るく美しい家が多くて、つい見知らぬ家なのに写真を撮ってしまいました。大きな鯉のぼりが珍しく泳いでいたのですが、帰りに撮影しようと考えて行き過ぎました。残念な事に帰り時間に少し雨がぱらついたため、鯉のぼりはしまわれていました。。。
広重美術館というのがあり、安藤広重が天童に遺した版画を見られました。今はどのように版画を作るかをビデオで見せてくれるのでとても参考になりました。
たまたま5月3日が舞鶴神社のお祭りで町民の皆様の武者行列が出発するところでした。中学生の鼓笛隊も30人以上待機していました。本当は演奏を聴きたかったのですが、セミナー開始時刻になってしまい残念でした。
セミナーでは半分以上の人と知り合いですが1年振りに出会って同窓会の様な愉しい時間を過ごせます。
そしてまた新しい友達も出来てそれが何よりの愉しみです。
初めてお友達になったMさんとセミナー終了後、Mさんの乗る電車までたっぷり時間があったので気持ちの良い沼へ散歩したり夕飯をご一緒したり愉しい時間を過ごせました。
 私が生まれ育った神奈川県藤沢市鵠沼海岸にMさんが2年前から住んでいるという事が判って大変懐かしい気がしました。
今度実家に行く時にはMさんにも会えるでしょう!



















 
さゆり(Sayuri) / Esperanto / CM(0) / TB(0)
思いがけない出会い

昨年よりスタートした、エロシェンコ125プロジェクト(10月31日の記事をご参照下さい)には
実務能力抜群に加えて素晴らしいアイデアマンの会長Sさん、3人分以上の働きをなさる事務局長Hさん、
人脈の広い副会長のTさんたちの大活躍で想像をはるかに超えた拡がりになっており、
言い出しっぺの一人に過ぎない私は驚いています。
さまざまな情報や資料が寄せられて、したいことは山ほどあるのですが、
事務局の手が足りず もどかしいこと、この上ないのです。
 エロシェンコが日本語で書き遺した「ビルマの伝説」をS夫妻がエスペラントに翻訳することになりましたが、
知らない事だらけで困っていたところ、Aさんと同じマンションにお住まいでビルマ語の専門家Dさんがおられる事が判り
紹介して戴きました。ビルマについてはアジアの国の一つで70年前の戦争中日本の軍隊が酷い事をしたとか、映画「ビルマの竪琴」
位しか知りません。最近はミャンマーと呼びアウンサン・スー・チーさんが軍事政権に対して粘り強い運動をしている事に関心がありますが。Dさんのお蔭でこのお話がビルマの建国の歴史から取られている事も判り大変参考になりました。紹介して戴いたご著書「びるま万華鏡」という本を読んで今までまるで知らなかったビルマという国に付いて知る事が出来ました。Dさん、Aさんに感謝申し上げます。写真はA氏が撮って下さったものです。藤棚に見た事のないほど見事な房が咲いていました。











 
さゆり(Sayuri) / Esperanto / CM(0) / TB(0)
JEK小浜での「エロシェンコ125」分科会

  プロジェクト「エロシェンコ125」最初のイベントが分科会の開催でした。事務局長の引田秋生氏が不参加だったので私が司会をしなければなりませんでした。幸い柴山純一会長と工藤尚副会長が出席して下さったので助かりました。牧野三男さんが写真を撮って下さり感謝に堪えません。
公開講演や重要な分科会が沢山同時に行われたので参加者が少なかったのは残念でした。







 
さゆり(Sayuri) / Esperanto / CM(2) / TB(0)